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チェンジ JAPAN

新しい 日本 作ろう



 



 良し~~  行くぞ。。。  

国民皆保険大ウソ 



[ 写 真 :  “  良し~~  行くぞ。。。 ”   ]  同じく 衆議院選挙(平成19年8月)  選挙の前 1ヶ月程は、徹夜の連続だった。選挙管理委員会は、県庁に有った。その煩雑(はんざつ)な手続きの為に、県庁との間を何度も往復した。そして、新聞に載せる選挙の公報を書き、新聞報道機関 各社から送られて来る質問状やアンケートに返答し、さらに、自分自身の選挙用のチラシやポスターの準備も しなければいけなかった。等など。 選挙に突入すると、まづ、ポスターを貼って歩いた。自分で作った手書きのポスターである。評判が良くて 人気が有って、「下さい。」と言われる人も多かった。中には、掲示板から はずして 持って行くヤツもいた。(クソったれ。。アハハ。。)

    この活動を始めた 一番初めの頃、文ソクの運動を総表して ひと言で表す 何か良い言葉は無いかと考えました。そして、思い付いたのが “人間教育” だった。 文ソクにとっては、旗頭であり 武田信玄の“風林火山”であった。 そして、 この “ 中村文則 ・ 人間教育 ” の戦闘旗をなびかせて、 炎天下の中、  我一人 。。。   胸を張って、やりに やり抜いた選挙でありました。



 

[ 写 真 ]  「 “ 100 票あるかナ、、、 まあ、150 票は、 ない じゃ ろうナ 。。。 ” と ワシは 思よっ たんじゃ。 それを、1,400 票も取った。  近所の人の応援も無い、 誰も知らん所へ 一人で出て行って、、、  ひょっこり 出て行って、 たった一人で 選挙やって、 1,400 票も取った。 すごいぞ。 」(広島市会議員選挙) と、従兄弟に言われた。  選挙に出ると言うのは、ニューヨークに居た時から、心に有った事で、思いつきで出た訳では 有りません。

「 入試廃止運動を、ひろめるんじゃ。 日本全国に広めるんじゃ。 そのために公職に着くんじゃ。 選挙に出るんじゃ。 」と言うと、

  「 お前が、 又、突拍子もない事を、、、 バカな事を 。。。 」と言って、みんな 笑って みていた。

    選挙用のポスターを、どの様に作るかと 考えていた。 二日目の 深夜になって、ふとんの中で “ハッ” とアイデアが浮かんで来た。 すぐに 寝床から起き出して、 頭の中にあるアイデアが 消えない内に、クレオンを取って 書き写したのが このポスター です。 ( こんなものは、頭が半分ボケた ぐらいで やらないと 上手く行かない。) 二時間ほどで バッ と書き上げた。 そして、翌日 完成させた。 このポスターは、反響が有りました。道行く人が 立ち止まり、 ボードに張った このポスターを見ていた。 そして、真新しく 作った “ 中村文則 ・ 人間教育 ” の戦闘旗を ひるがえし、 胸を張って 自転車を押して歩いた。 そしたら、 みんな 驚いて見ていた。 ( それは、そうだろう。 普通、選挙に出ると言えば、自動車の上に自分の名前を書いたアンドン乗せて、自動車の中から手を振って行くのが常道です。 ところが文ソクは、“人間教育”と言って、みんながギョッとする様な、あんな旗を作って、 自転車に なびかせて 行った。) 有る選挙事務所の前を通った時、運動員がみんな出て来てバンザイを三唱してくれた。 それだけ、あの“人間教育”の 戦闘旗は威力が有った。   しかし、それぐらいが、文ソクの限界だった。 戦闘旗を考え、ポスターを作り、選挙用のチラシを自分で書き、選挙の前、三日間、徹夜でポステング(各家々の郵便受けに、チラシを入れて歩く事)して歩いた。 そして、選挙に突入すると、一昼夜 ぶっ続けで、掲示板にポスターを貼って歩いた。 もう、演説の方まで考える余裕が無かった。 そして、演説は、普通の “おざなり” の演説になって しまった。 今思えば、 「 この演説をしていれば当選していた 」 と言う、そんな演説が心に わいて来ます。 それはもう、突拍子も無い、文ソクでしか出来ない様な、そんな演説です。 クソーー、 マア~ 仕方ないか 。。。





 

 



国民皆保険 の 大ウソ
[ 解 説 ]   私が、米国イリノイで大学生として登録するには、健康保険に加入している事を要求されました。それで、大学で用意された学生の為の健康保険に加入した訳ですが、その掛け金は、おそらく、半年で$100ほどだった様に思います。とにかく、覚えていないほど安かった。ニューヨークで大学院生の時も健康保険に入っていた訳ですが、掛け金の事は覚えていません。安かったからです。大学の先生になってからは、ニューヨーク州の公務員になった訳で、州政府が用意している健康保険でカバーされました。アメリカでは、一般に、就職すれば、給料のほかに健康保険が付いてきます。だから、自分の受け取る給料から、健康保険の掛け金が天引きされる事は有りません。そして、その保険で家族がカバーされます。

    とにかく、私は、長年アメリカで生活していて、医療費と言って、1ドルも支払った事は有りませんでした。手術を受けても、入院しても無料だった。歯の治療も、めがねを作っても無料だった。薬局でもらう薬も全て無料だった。整体へ行って、骨をボキボキやってもらっても、それも無料だった。だから、アメリカで生活していて、「医療は無料」と言うのが、私の感覚だった。

    日本に帰って来ると、高いですよ、なにもかも。国民健康保険の掛け金と言って、根こそぎ取られるような気がします。そして、あの医療費の三割負担です。「こりゃあ、、、医療費の二重取を しとる だけョ。これでは、保険では ない。」と直に思いました。日本では、インフルエンザの予防接種まで、そこまで金を取る。こんなバカな事をやっているのは、日本だけです。

    昔の侍は言いました、「百姓は、生かさず殺さず。菜種油のように搾り取れ。」と、言いました。その精神が、脈々と受け継がれているんです。病院へ行ったら、三割負担。“菜種油のように”搾り取られるんです。

    以下の文面は、私が、現在、広島市内で配布しているチラシに手を加えたものです。  題目は:

   1. 国民皆保険:世界でも類を見ない劣悪な医療制度
   2. 二重に支払わされる医療費
   3. アメリカの医学部



1.  国民皆保険:世界でも類を見ない劣悪な医療制度 
    ヨーロッパの国々では、医療は無料、又は、ほぼ無料になっています。 生まれてから天国へ行くまで、医療は無料と言うのが原則です。 もちろん、日本で有る様な“国民健康保険支払へ”と言う事も一切有りません。カナダやオーストラリア ニュージーランドでも同様に、医療は無料と言うのが原則です。

    米国でも同様です。私は、長年に亘って米国に住んでおりました。その間、入院した事も、手術を受けた事も有りました。しかし、1ドルも支払った事は有りません。歯の治療も薬局で受け取る薬も全て無料だった。メガネを作った時も同様に無料だった。とにかく、米国で、医療費を支払った事は1度も有りませんでした。米国では、職に就けば、自分が受け取る給料のほかに、医療保険が付いて来ます。その保険で家族もカバーされます。米国では、夫婦共働きが一般的で、奥さんの保険でも家族がカバーされています。ですから、一般の米国市民は医療費を支払う事は有りません。(有っても、最小限。)  日本では“米国は医療がバカ高い”と伝えられています。それは、ほんの一部の限られた事象の事で、それを、あたかも米国全体の医療として伝えています。それは、日本の劣悪な皆保険制度を正当化する為に取られた手段です。  国民が真実を知ったら困るんです。  だから、米国の一番劣悪な医療の部分を取り出して来て、それと比較する。ヨーロッパや カナダ オーストラリアの医療の事は一切取り上げません。 オーストラリアでは、消費税は10%(食品は、0%)です。そして、医療も教育も無料です。入試は有りません。



2.  二重に支払わされる医療費 
    我々は、毎年、バカ高い“国民皆保険の掛け金”を徴収されます。そして、病院へ行けば、3割負担です。これでは、保険ではありません。 医療保険と言うなら、無料にしないといけません。3割負担と言うのは、二重に取っているだけです。 しかも、『病院へ行ったら、何をされるか判らない。 下手な医者に掛ったら、殺される。』 漫画じゃ、、あるまいし。。。 まったく、この国の医療と言ったら、時代錯誤(さくご)もハナハダシイ。 いくら最新鋭の医療機器を備えた病院を作っても、医者の技術が向上しないのでは、何の意味も有りません。

      日本では   .
インフルエンザの、、、
・・・ 予防注射まで金を取る。

クレイジー、クレイジー である
『 ワシはあきれて言葉が出んョ。。。 』
 

ところが、国民は誰も文句を言わない。 なぜなら、あなた方は、欧米で、どんな医療が行われているか全く知ら無いからです。 知らされない。 あなた方、 国民 が 知ったら困るんです。

トップ・ページの “5.少子化対策” を見て下さい








3.  アメリカの医学部 
    アメリカの医療と日本の医療の決定的な違いは、大学の医学部です。アメリカでは、医学部へ入学するのは、大学を卒業した後です。大学在学中は、化学と生物を中心とした教科を集中的にを取らされます。これらの教科は、実験を伴う訳で、午前中は講義が行われ、午後1時から、夕方5時ごろまで、実験を繰り返す訳です。実験が失敗する事も多々有るわけで、その時は、何故失敗したかと言う事を精査し分析して、それらを、観測したデータと共に実験ノートに正確に記録して提出しなければいけません。この間に、観察力(患者を観る力)や思考力(どの医療処置が適切であるか、、等)が養われる訳です。アメリカでは、医学部入学を目指す大学生は、化学や生物の実験室に入り浸りになる訳で、それを4年間繰り返します。ですから、大学を卒業する頃には、科学者としての下地が十分に出来上がっており、その上で医学部に進学し、今度は医学を習う訳です。逆に、実験の出来ない者(医者としての適性が無い者)は、自(おの)ずと、辞めて行く様になります。淘汰(とうた)される。

    日本では、高校から直接医学部へ進学していきます。実験室で、一度もフラスコを握った事の無い様な学生でも、ペーパー・テスト一枚で、医者(又は、科学者)としての適性が有るか無いかに関われず、医学部へ入学して行きます。そして、『 入ったら、卒業させる。』と言う日本の大学の慣習の下に、ほとんどの医学生が、卒業して、医師の資格を取得して行きます。だから、日本では、

『 病院へ行ったら、何をされるか分からない。。
下手な医者に掛ったら殺される。。 』

と言った 漫画のような事が起こる訳です。

    日本の国の医療の革新は、まず、その根本である、医者を作る所、医学部自体から変革して行かないといけません。